国立研究開発法人 情報通信研究機構 主任研究員
長井志江(ゆきえ)氏 

2006年から始まった私の研究員生活。異分野の専門家が相互に連携し、作用し合って研究を進める学際融合研究で名の知れるビーレフェルト大学で、私は3年半にわたって多くの研究者と共に認知ロボティクスの研究に取り組みました。

ビーレフェルト大学のメインビル群; 出典: © Facebook/Universität Bielefeld

まず最初に所属した研究グループでは、発達心理学者や社会学者らと幼児がどのような視覚メカニズムを使って動作を学習しているかを検証。

出典: © Claudia Muhl

画像処理技術と音声処理技術を使った従来のヒューマン・ロボット・インタラクション研究に、心理学的・社会学的観点を加えた学際的な研究で、幼児の発達メカニズムを探る認知発達研究としても高く評価されました。

出典: © CITEC

そして、私がちょうど滞在していた2007年。ビーレフェルト大学は、認知インタラクション技術分野で国の研究拠点(CITEC = Cluster of Excellence Cognitive Interaction Technology)に選ばれました。

出典: © CITEC

CITECとは、日本の「21世紀COEプログラム」に相当する、特定分野のレベル向上を目的とした研究拠点で、専門家らによる重点的な研究が行われています。

出典: © Citec

今年、モントリオールで行われたロボカップ (RoboCup2018) でも、ビーレフェルト大学CITECチームはSSPL (Social Standard Platform) で優勝。CITECにはドイツを代表する優秀な研究員たちが在籍しているのです。私も彼らから多くのことを学びました。

出典: © CITEC

しかし、同時に一種のカルチャーショックも受けました。ドイツにおける研究の多くは、“先輩研究者ら”がこれまで積み上げてきた研究成果をさらに深めていく方法で行われていて、個々人が未知のテーマや仮設を立てて、“小さな発見”を目指す個人型研究スタイルが一般的な日本とは正反対です。

出典: © CITEC

日本のような取り組み方こそ真の「研究」の姿だと確信していた、来独当初の私の目には、ドイツの手法は「研究」というより、単なる「技術開発」にしか映らなかったのです。

出典: © CITEC

しかし、研究結果や成果をじっくり観察してみると、ドイツの研究手法の方が確実に結果を出すことができ、実用化への道にも近いことがわかりました。実際に、私が在籍していた研究室でも、日常的に企業とのコラボや企業からの研究委託を受けていたし、より社会の需要に近い研究が行われていました。

ある意味、過去・現在・未来の研究者らによる“協働作業”のような側面もあるドイツの研究手法。そのせいか、研究者同士もお互いをリスペクトし、オープンに議論し、助け合っている様子がうかがえます。

さらに、誰もがお互いのプライベートに関わることにも寛容で、有給休暇の取得のみならず、育児休暇の取得や子供のための時短勤務、さらには職場での幼児のお守りにすらも好意的です。未だに「仕事第一主義」が強い日本でキャリアを積んできた私にとっては、これらの光景はある意味、とても衝撃的でした。

出典: © privat

私生活の充実は人間としての生活の質の向上でもあるということ。仕事ばかりでなく、プライベートも同じくらい大切だというドイツ人の価値観を感じました。私も彼らからの影響を受けて、徐々にプライベートの時間を“罪悪感”なく積極的に取るようになりました。

クラウディアとのハイキングのほかに、私が気に入っていたのは、リラックスできるお店で友人やゲストと穏やかな時を過ごすこと。特に私が好きだったのは、お料理も雰囲気もとても良い次の2店でした。

もとは教会だったグリュックウントゼーリッヒカイト; 出典: © Facebook/Glück und Seligkeit

1つめは、ベーテル地区(Bethel)にあって、ドイツ初の教会リノベーションレストランとして、オープン当時にドイツ全土から注目を集めたグリュック・ウント・ゼーリッヒカイト(GLÜCK UND SELIGKEIT)。まさにその名の通り、“幸福”と“歓喜”を感じられる名店です。

教会の雰囲気を残した内観; 出典: © Facebook/Glück und Seligkeit

そしてもう一つは、ドイツ語で「琥珀」を意味するベルンシュタイン(Bernstein)。ビーレフェルト市内の公共交通機関のノード、ヤーンプラッツ(Jahnplatz)の頭上25メートルの高さにあります。

市内を見渡せる開放的なデッキ; 出典: © Bernstein/Bielefeld

爽やかな風が吹き抜ける開放感溢れるデッキに腰を下ろせば、街の喧騒と日常を忘れることができます。朝食ビュッフェから喫茶や軽食、本格料理までカジュアルな料理を楽しむことができます。

朝食も提供しているベルンシュタイン; 出典: © Bernstein/Bielefeld

そして、7月の中世シュパレンブルク祭りの他に楽しみにしていたのが9月のワイン祭り (Bielefelder Weinmarkt)。

ビーレフェルト市民がとても陽気になるワイン祭り; 出典: © Stadt Bielefeld

旧市街の噴水広場に大勢のワイン商人たちが出店して、リースリングやブルグンダーなど、前年に収穫された自慢のワインをお披露目します。夕刻からライトアップされるワイン市は、ワインの香りと人々の笑顔で、より一層心地よいムードに包まれます。頑張ってもグラス1杯ぐらいしか飲めない私ですが、その和やかな雰囲気に浸るだけで幸せな気分になったものです。

夕刻からはライトアップされて一層心地よいムードに; 出典: © Stadt Bielefeld

日本に帰国した2009年秋。それから数年間は、ドイツで養われた価値観を意識して、仕事と私生活のバランスを図ろうと努めていましたが、近年はまた仕事重視の日本流の生活に逆戻りしつつあります。仕事の責任を果たしつつ、充実した私生活を送ること – ドイツで得た大切な心得を再確認する時期に今、あるようです。

長井 志江(ゆきえ)氏
1974年群馬県生まれ。1997年、青山学院大学理工学部機械工学科卒業。2004年、大阪大学にて博士号(工学)取得。情報通信研究機構けいはんな情報通信融合研究センター専攻研究員(2004年-2006年)、ビーレフェルト大学テクノロジー学科・認知ロボティクス研究所でのポスドク研究員(2006年-2009年)、大阪大学大学院工学研究科特任准教授(2009年-2017年)を経て、現在、情報通信研究機構脳情報通信融合研究センター 主任研究員、ビーレフェルト大学CITEC 客員教授、大阪大学大学院工学研究科 招へい准教授。ロボカップジャパンオープン2015人工知能学会賞 (2015年5月)、第30回人工知能学会全国大会 全国大会優秀賞 (2017年5月)、Best Student Paper Award of the 5th International Conference on Human-Agent Interaction (2017年10月)など、受賞歴多数。2016年より JST CREST「認知ミラーリング」の研究代表者も務める。

(Interview und Text von Kyoko Tanaka)