ドイツ暮らしの素朴な疑問や驚きを綴っている今コラムですが、ひとつ、衝撃が大きすぎてすっかり忘れていたテーマがありました。それは「ドイツ人、あっけらかんと全裸になりすぎなのでは?」問題です。
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「裸体主義」「ヌーディズム」とも訳される、FKK(エフ・カー・カー)という言葉を聞いたことがある方もいるかもしれません。FKKとはFreikörperkulturの略で、直訳すると「自由な体の文化」という意味になります。本来は性的な意味合いはなく(FKKを名乗る風俗もあるにはありますが)、れっきとした文化や思想として真面目に語られるドイツの習慣ですが、目の当たりにするとやはりカルチャーショック。日本で培ってきた常識がガラガラと音をたてて崩れるような気がしたものです。

さて、私のFKK体験について書く前に、関連してものすごくびっくりした思い出からご紹介します。

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ドイツ人の夫とともに、ドイツの室内プールに初めて泳ぎに出かけたときのこと。前を歩く女性に続いて更衣室に入ろうとしたら、夫がごく自然にあとをついてきます。

「ちょっと、ここ女子用だよ?」と言うと、「いや、男女にはわかれてないから」の爆弾発言! と見れば、向こうのほうで着替え中のおじいちゃんのお尻がしっかりこちらを向いています。

「ウソでしょ、ここで着替えろって? 無理無理」と拒否すると、夫は「見られたくない人のためには、ほら、衝立のある場所もあるから」と、ぺらぺらのカーテンがかかった狭い半個室を指さします。そうか、これなら……いやいや、よくないでしょ!

あとになって、このメインの更衣室のほかにも、ちゃんと女性専用もあることがわかったのですが、そもそも男女一緒の更衣室があるということが私にはとてもショックでした。

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次なる驚きは、夏のある日にミュンヘンの英国庭園を散歩していたときのこと。

更衣室での私のあたふたを覚えていた夫が、いたずらっぽく笑いながら向こうのほうを指さしました。見れば、海岸のアザラシのように、芝生の上に全裸で寝転ぶ人たちが……! ドイツの水辺や大きな公園には、全裸で過ごすことが許されるゾーンがあるのだと夫が説明してくれるも、え、こんなナチュラルに? とにわかには信じがたい。

この英国庭園は、ミュンヘンの街中に位置する、ニューヨークで言うセントラルパーク的な存在。全裸ゾーンに気づかず踏み込んだアメリカからと思しき観光客が「オーマイガー!」と目を覆っているのを見て、ああ、驚くのは私だけじゃないんだとちょっとだけ安心。

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「全裸で過ごすことを楽しむドイツ人たちがいる」ことを徐々に消化できてきたころ、真冬の寒さと、そして好奇心に負けて、サウナに出かけることにしました。そう、いわゆるFKKとは言えないかもしれませんが、ドイツのサウナにも、水着着用ゾーンのほか、男女混浴の全裸ゾーンがあるのが一般的。

ひとしきり水着着用ゾーンで体をあたためてから、間にある簡単な更衣室で水着を脱ぎ、おそるおそる全裸ゾーンへ。

……あれ? 意外に違和感ないかも……。

というのがはじめの感想。年配のカップルを中心に、誰もが他人を気にすることなく自然にゆったりと過ごしていて、飛び込んでしまえば、なんだかこれが「人として当たり前の姿」という感じ。でも、やっぱり夫にこの質問がしたくなります。

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「でも、すっごくきれいな女の人がいたりしたら、やっぱり見ちゃうでしょう?」
「それをね、精神力で見ないようにするのが僕たちさ」
だそうです。

なるほど、こういうものかと緊張もゆるんできたころ、「Servus!」という南ドイツ風の挨拶に振り向けば、げげ、そこには義母のご近所さん(男性)が! お互い温水のなかにいたためすべてを見て、見られてしまうことはなかったのですが、彼と談笑を交わす夫のかげにさりげなく隠れたのはいたしかたありませんよね?

さすがに家族以外の知り合いに会ってしまうのは勘弁願いたいと思いましたが、案外よいものだと気づいたのは収穫でした。

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さて、気温が30℃を越えたふたたびの夏、ミュンヘン近くの湖に出かけることになりました。目指すは全裸エリア。子どもたちが歓声をあげて楽しむ通常エリアを抜けて湖岸沿いにしばらく行くと、木々が繁ったやや穴場風の場所に「FKK」という看板が。

思い思いに楽しむカップルたちと適度な距離をあけて、服を脱ぎ下着を取り、ひんやり冷たい水のなかに進めば……ああ! 水着って、窮屈なものだったんだなあと実感。自然と一体になるような果てしない開放感。うん、FKKって、いいかも。

はじめはびっくりドン引きでしたが、どっこい、自分の人生に気が向いたときには「全裸で過ごす」という選択肢が加わったのは、けっこう素敵なことないんじゃないかなあ、と思うこの頃なのです。

溝口シュテルツ真帆

編集者、エッセイスト。2014年よりミュンヘン在住。自著に『ドイツ夫は牛丼屋の夢を見る』(講談社)。アンソロジー『うっとり、チョコレート』(河出書房新社)に参加。日独をつなぐ出版社、ほろば社(Mahoroba Verlag)主催。『ドイツで楽しむ日本の家ごはん』が好評発売中!twitterアカウントはこちら→@MMizoguchiStelz