PwCコンサルティング合同会社
パートナー 鈴木雅勝氏

前編ではコミュニケーションスキルについて詳しく触れましたが、「働き方」も日独間の大きな違いと言えるでしょう。長時間労働を美徳とする日本と違い、ドイツでは定時で帰れない人を無能扱いにします。実際に私もドイツ人上司から何度も「どうしてお前の帰りはあんなに遅いんだ」と指摘されました。

時差の関係で、出勤後には日本時間の夕方までのメールがどっさり届いていて、その処理に何時間も取られ、同時に現地サイドの仕事もこなす。「日本とドイツの両方の仕事をしているからだ」と説明しても、「お前の仕事の仕方が悪いからだ」と一蹴されて終わり。

Imagefoto; 出典: Pixabay CC0

カチンときましたが、仕方ありません。ドイツでは、所定時間内に仕事をこなして当たり前、それが出来ない人は「要領の悪い無能な人」と扱われるのが普通なのですから。

意地でも定時で帰るべく、極限まで合理性を追求し、集中度をあげて仕事に向かう日々。日本にいた時とは疲れ方が全然違いました。いつの日からか、気が付いたら、退社後にラーメン店へ向かうようになっていました。脳が疲労しきっていて、糖質チャージが必須だったのです。

出典: Facebook/Umaimon

自宅まではほんの15分ぐらいなのですが、それが我慢できない。私がよく通ったのは市街地にある「たけぞう」とオーバーカッセルにある鶏そばが美味しい「うまいもん」。

「うまいもん」の人気ラーメン・鶏そば; 出典: Facebook/Umaimon

そこでひとまず糖質を補給し、帰宅したら妻が用意してくれた晩御飯を食べるという、今思えばカロリー過多な生活でした。ただ嫌なストレスは溜まりませんでした。おそらく週末にとてもよいリフレッシュができていたからだと思います。

ドイツの閉店法には、合う人、合わない人とそれぞれいるのでしょうが、わたしにはぴったりはまった文化でした。街も人もざわついてないから、余暇にだけ、どっぷりと心と体をあずけられる。それは計り知れない豊かさのように思えました。

出典: flickr/sebaso CC BY 2.0 

走るのが趣味のわたしにとって、緑あふれる開放的なライン川沿いはもってこいのランニングコースでした。見知らぬ人同士であっても、気軽に声をかけ合うのがドイツ流。ある人とは談笑しながら20kmぐらい走ったこともありました。

山野を走り抜けるトレイルランニングをしたいときには、車を10分ほど走らせて、デュッセルドルフの北東にあるグラフェンベルクの森(Grafenberger Wald)へ。

出典: Wildpark Grafenberg

標高が高いところがないデュッセルドルフ近郊では、この森が最も標高が高い場所で、(そうはいっても122mしかないのですが…)世界最大の自転車ロードレースのツール・ド・フランス2017がデュッセルドルフで行われた時にも、山岳賞区間のレースコースになった所です。

Le tour de france 2017; 出典: flickr/Günter Henschel CC BY-ND 2.0

グラフェンベルクの森はまさに広大な緑のオアシス。40ヘクタール、東京ドームおよそ8.5個分もある野生の森には100種類もの動物たちが自然と変わらない環境で生息しています。そんなところへ10分で行けちゃうなんて、実に贅沢ですよね。日本の都市部ではとても考えられません。

グラフェンベルクの森ではウリボウの姿を見かけることも; 出典: flickr/Philippo Diotalevi CC BY 2.0 

そして、もう一つ、わたしが週末に熱中していたのがサッカーです。ドイツではサッカーは一般市民にとって非常に身近な存在。運動という意味合いばかりでなく「地域コミュニティの場」としての役割も果たしています。至る所にサッカークラブがあって、わたしも同僚からの誘いを受けて、息子と一緒にサッカーチームに入りました。

Image Photo; 出典: flickr/Daniel Timm CC BY 2.0

中学生だった息子は、わたしと同じ大人チームへ。わたし達親子は同じ“チームメート”として、毎週末、気持ちの良い汗を流しました。日本ではこの年頃の息子と父親が一緒にスポーツをすることなど、なかなかできないものですが、ドイツではそういうことが自然にできる環境と社会的雰囲気があります。とても有り難い時間でした。

出典: Facebook/Rocca

時には妻や娘にもサービスをしなくてはならないので、誕生日や記念日などの特別な日には、彼女たちお気に入りのグリル専門店「ROCCA IM Gehry’s」へ行きました。

出典: Facebook/Rocca

800度の高温オーブンを使った特殊な方法で調理されたこの店の肉は、表面は香ばしく、中はとってもジューシー。家庭ではとても真似できない肉の旨さを堪能できます。店はメディアハーフェン地区内の、建築家フランク・ゲーリー(Frank Gehry)によるビル群の真横にあります。

実は、今、メディアハーフェン地区に熱い視線が注がれています。ここは、かつての港湾用地を再開発した地区で、主にメディア、アパレル、芸術、広告業界のオフィスが建ち並ぶエリアでしたが、近年、スタートアップ企業が次々とこの地区に進出しており、集結地となりつつあります。

スタートアップ企業の集結地となりつつあるメディエンハーフェン地区; 出典: flickr/Christine und Hagen Graf CC BY 2.0 

スタートアップカンパニー、ベンチャー企業と言えばベルリンが有名ですが、NRW州のベンチャー企業もベルリンに追いつけ追い越せの勢いで増えているのです。

NRW州は、言わずと知れたルール地域を中心に重厚長大産業で栄えた連邦州ですが、今では、環境・化学・医学分野などへの産業転換を精力的に進めており、さらにベンチャー企業支援にも乗り出していて、その積極性には目を見張るものがあります。

トリバゴ社代表の一人で起業を主導したミュンスター出身のロルフ・シュレームゲンス氏(Rolf Schrömgens); 出典: trivago

各種セミナーや見本市の開催、シェアオフィス的な環境の整備など。例えば、日本にも進出済みの世界最大のホテル料金比較サイト「トリバゴ」(trivago)ですが、2005年に当時のドイツ人大学生3人がデュッセルドルフで起業したベンチャー企業です。トリバゴも、今夏、スタートアップ企業の進出で盛り上がっているメディアハーフェン地区に本社を移転することになっています。

目下、イギリスのEU離脱(ブレグジット)が、ともすれば1年以内に迫る中、EU圏内に拠点を置く4000〜5000の日系企業は難局に直面しています。

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これまでUKにあった欧州連合の機関や業界での中枢的存在がUKを離れ、EU圏内に移転することが考えられます。その場合、いつ、どのぐらいの規模で自社においても拠点を動かすべきなのか。関税についても考えなくてはなりません。例えば、製造業だと、ある部分の工程はUKだけど、その前後はEU国という場合もあります。何も影響がないと言い切れる会社はほんの数パーセントで、ブレグジットはほぼ全ての会社に影響を及ぼすことでしょう。

EU圏内での移転先を考えた時、政治・経済・産業の方向性が明確化しており、EUの主導権も握っているドイツへの関心はダントツ高く、Look Germanyという気運があります。そして、そのドイツ国内での移転先に選ばれているのが、やはりNRW州です。

出典: Wikipedia CC BY-SA 3.0 

デュッセルドルフとその近郊には約600社ほどの日系企業が集結しているのですが、最大の強みは、なんと言っても長年にわたって蓄積されてきたノウハウ。

NRW州の関係機関や経済団体は、これまでに日系企業が遭遇してきた困難や問題をすべて知り尽くしており、それらを解決するノウハウを熟知しています。ですから、何かが起きたときには、豊富な日本語人員による手厚いサポートによって、問題は速やかに処理されます。この付加価値は、やはり異国の地でビジネス展開する日系企業にとって、とても大切なことのようです。

出典: Pixabay CC0

それに加えて、欧州各国への移動のしやすさも大きなメリットと見なされています。市街地から10分ほどでデュッセルドルフ空港に着き、駐車場から10分ほどで保安検査場を通過して、ボーディングできる快適性。路線も便数も豊富なので、欧州のほとんどの国に日帰り出張が可能です。デュッセルドルフが欧州拠点の地として選ばれる所以がこれらの点にあるのです。

出典: Pixabay CC0

現在、総力を挙げてドイツが推し進めている巨大国家プロジェクト「インダストリー4.0(Industrie 4.0)」。生産プロセスをデジタル化し、スマートファクトリーを可能にすべく官民が一体となって取り組んでいます。「第四次産業革命」を起こすべく、プロジェクトは着々と進んでいます。このように、今、ドイツが熱い、そしてNRW州が熱い。Look Germany! という気運は高まるばかりです。ものづくり大国の日本も負けてはいられません。新しい挑戦に向かって頑張ってほしいですね。

鈴木 雅勝 氏
1971年岐阜県生まれ。1996年、慶應義塾大学経済学部卒業、大学新卒にてITベンチャー企業入社。1998年、PwCコンサルティングにてコンサルタントとしてのキャリアをスタート。その後、アクセンチュアへの転職や独立起業などを経て、2009年よりPwCコンサルティングに復帰し、2011年よりパートナー(共同経営者)就任。2016年より1年半弱のドイツ駐在をへて現在に至る。専門は、Business Transformation、SAP大規模導入のプロジェクトマネジメント、IT戦略立案等。趣味は、トレイルランニング。

(Interview und Text von Kyoko Tanaka)