PwCコンサルティング合同会社
パートナー 鈴木雅勝氏

プライスウォーターハウスクーパース(PricewaterhouseCoopers: PwC)は、いわゆる「Big4」と言われる世界4大会計事務所の一つで、世界160カ国に拠点を持ち、約20万人の社員を有するプロフェッショナルサービスファームです。

出典: © PwC

わたしが2011年からパートナー(共同経営者)を務めているPwC Japanのコンサルティングサービス法人「PwCコンサルティング合同会社」にも2000人を超えるスタッフがいます。

PwC Germanyもドイツ全土に21カ所の拠点を持ち、従業員数も約1万人。なかでもデュッセルドルフはドイツ一の大きさで、日系企業向けのサービス業務においてもドイツ最大の規模を誇っています。

ただPwC Japanの中でもコンサルティング部門においては、世界各国の事務所が各々にビジネスを展開していることもあり、海外にスタッフを駐在させるということは多くありません。実際に、わたしのドイツ赴任もPwC Japanのコンサルティング部門では初めてのケースでした。

デュッセルドルフを上空から; 出典: flickr/Retinafunk CC BY-SA 2.0

1年半も前に打診があったデュッセルドルフ行きがようやく実現したのは2016年3月末でした。初ドイツを味わうには決して理想的な季節ではありませんでしたが、待ちに待ったドイツでの生活。毎日が新鮮で、すべてを前向きにとらえることができました。

実は、それまで日本で働いていて、年齢とポジションが上がるほどに強く求められるようになっていった“空気を読んだ会話術”にストレスを感じていたのです。言いたいことがあるのに言えない、言うべきことがあるのに言わない – 日本社会独特の文化ですよね。

それだけにドイツ人のストレートでオープンな物言いが良い意味でのカルチャーショックで、実に爽快でした。自分の意見や感情を、余計な心配や装飾や偽りもなく、真っ直ぐそのまま“普通”に口に出せることがこんなにも心地よいとは!

もっとコミュニケーション能力を高めたい -  その思いから、思い切ってコミュニケーションコーチをつけました。ある程度覚悟はしていましたが、そのクロアチア人コーチ、ダイアナに私の“ジャパニーズ”コミュニケーションスタイルはめった打ちにされました。

コミュニケーションコーチ、ダイアナと; 出典: © 鈴木雅勝

心掛けてはいても骨の髄まで染み込んでいるのでしょうね。文書であっても口頭であっても、知らず知らずのうちにスイッチが入ってしまう“行間を読む”習慣。同じように、自分からのメッセージでも無意識のうちに行間に意味をもたせて表現してしまっている。英語に関しても、受験英語の影響でしょう、簡単なことがストレートに表現できないのに、やけに難しい語彙や言い回しを使った不自然な英語。

トレーニングは週3回2時間、離任するまでの9カ月間続きました。非常にハードでしたが、自分についてだけでなく、日本人のコミュニケーション能力全般について、相対的かつ客観的に理解することができて、とても良い勉強になりました。

デュッセルドルフを上空から; 出典: flickr/Ben Fredericson (xjrlokix) CC BY-NC 2.0

実は、今、多くの日系企業が欧州で苦戦を強いられています。そして多くは、世界的には全く通用しない日本流マネジメントスタイル・コミュニケーションに起因していることが殆どです。海外で事業を成功させるには、現地の人材を首尾よく活用することが最大のポイント。雇用主側に立っているからといってジャパニーズスタイルにあぐらをかいていると、優秀な人材は去っていくばかりです。

Image Photo; 出典: Pixabaymohamed_hasan CC0

現地社員にとって一番の関心事は、会社の方向性と戦略、そして具体的な目標。日系企業はそこをうまく伝えられていません。買収という、現地被買収会社側の社員にとって重大な転機においても、社員への説明は何もなされないケースが目立ちます。

デュッセルドルフにある某日系企業で大きな成功を収めている会社があるのですが、そこが徹底して行っていることは、組織改革や買収などの重要案件がある時には日本からわざわざ代表取締役社長が現地に赴き、社員全員の前で、会社としての考えや意志を明白に伝えています。

Image Photo; 出典: Headway @ Unsplash

もう一つ、日本人とのやり取りでドイツ人が理解できずに問題となっているのが、日本人のディスカッション能力の低さです。お互いが意見を交わすことなどおろか、目下の者から意見されようものなら、すぐに不快感を表し感情的になる人がいます。

相手の理屈が通っていれば、理屈で反論すればよいのに、屁理屈で返してきたりする。または、気分を悪くして、議論そのものを断絶したり、放棄したりする人もいます。議論好きなドイツ人にとって、このような日本人の態度は理解し難いもの以外の何物でもありません。

Image Photo; 出典: flickr/Dennis Skley CC BY-ND 2.0

ドイツでは自分の意見をクリアに表現できない人は軽蔑されるので、立場の低い人でもきっちり自分の意見を言うし、議論をしようとします。しかし、議論と結論は別の話。最後はポジションの高い人が結論を下します。ドイツ人にはそういった議論のフォーマットのようなものが子供の頃から叩き込まれているのでしょう。

デュッセルドルフには、その当時、中一になる長男と小4になる長女、そして妻の4人で渡ったのですが、子供達二人のコミュニケーション能力の変わり様には本当に驚きました。

自然豊かな環境に立地するISRのキャンパス; 出典: © Facebook/IRS International School

2人が入ったのはデュッセルドルフ近郊ノイス市にあるインターナショナルスクールISR International School on the Rhine 。ノイス市の豊かな自然と、約25ヶ国もの異なった国籍を持つ教員たちによる国際色溢れる環境の下、約45ヶ国からの生徒たちが生き生きと学生生活を送っています。

ISRの元気な子供たち; 出典: © Facebook/IRS International School

学校では常に理論立てて説明することが求められていて、その“トレーニング”は口述だけでなく記述でも徹底して行われています。その影響で、我が子たちもいつからか家庭においても理路整然と自分の意見を言うようになったり、理屈を揃えて反論してくるようになりました。

ISRでの授業風景; 出典: © Facebook/IRS International School

2人とも英語もドイツ語もゼロの状態でドイツに渡ったのですが、純粋に“伝える”ことが求められる生活を送る中で、両ヶ国語をとても早く習得しました。本来の言葉の存在意義はそこにあるのでしょうね。相手に自分の感情や考えを“伝える”ための“ツール”が言語であり、言葉である。使いこなさない限りその役目は果たされないまま、つまり伝わらないままだということを、日本人はもう少し真剣に考えるべきだと思います。

現地の優秀な人材の離職に頭を抱えている日系企業は少なくありません。一度、現地社員とのコミュニケーションについて詳しく考えてみてはいかがでしょうか。問題は意外と早く解決するかもしれません。

メディアハーフェンにあるレストラン「ROCCA IM GEHRY’S」にて; 出典: © 鈴木雅勝

ところで子供達なのですが、実はまだ日本に帰ってきていないのです。私の任期が終わりを迎えて、当然、家族みんなで日本に帰るものだろうと思っていたら、「お父さんだけ先に帰って」と見放し宣告。

私だけが一人日本に帰ってくるはめになりました。3月末には戻って来るのですが、妻と子供達は私より9ヶ月も長い丸2年間をドイツで過ごしたことになります。羨ましいですね。私ももう少しドイツでの生活を続けたかったというのが本音です。

鈴木 雅勝 氏
1971年岐阜県生まれ。1996年、慶應義塾大学経済学部卒業、大学新卒にてITベンチャー企業入社。1998年、PwCコンサルティングにてコンサルタントとしてのキャリアをスタート。その後、アクセンチュアへの転職や独立起業などを経て、2009年よりPwCコンサルティングに復帰し、2011年よりパートナー(共同経営者)就任。2016年より1年半弱のドイツ駐在をへて現在に至る。専門は、Business Transformation、SAP大規模導入のプロジェクトマネジメント、IT戦略立案等。趣味は、トレイルランニング。

(Interview und Text von Kyoko Tanaka)