関西学院大学副学長、元駐日本国大使
神余 隆博 氏

 

ドイツ2012年、ドイツでの公務を終えて日本に戻ってきました。あれから5年が経ちますが、今でもよくドイツでの生活を思い出します。特に8年間過ごしたNRW州は、僕にとって第二の故郷のような存在です。

NRWの人たちは、明るくてオープンで、良い意味でいい加減なところがあってフレキシブルで、僕は大好きです。

出典: © Düsseldorf Marketing & Tourismus

NRWはやはりドイツの他地域とは一線を画す連邦州です。特にビジネスにおいて、ドイツのどこに拠点を置こうかと考えた時、やはり、まずNRWを検討していただきたいと思います。NRWのauf Japan bezogene Infrastruktur(日本関連のインフラ)は本当に他地域にはない特別なものです。それはハード面、ソフト面の両方において言えることです。

7000人以上の日本人が住んでいるデュッセルドルフには、日系幼稚園から欧州最大の日本人学校、日本の食材や商品が買えるお店やスーパー、質も味も文句なしの日本食レストラン、お寺まであります。

デュッセルドルフ日本人学校出典: Wikipedia Public Domain

デュッセルドルフでは日本人をAusländer(外国人)とは呼びません。他の外国人と区別してJapaner(日本人)と呼ぶんです。他の地域では日本人もAusländerにすぎないけど、デュッセルでは違う。

出典: flickr/Philipp Beckers CC BY-SA 2.0

彼らにとって日本人は“Mitbürger”(仲間の市民)。特別な存在なんです。長年積み上げてきた友好関係が市民にまで浸透しているんでしょうね。デュッセルドルフ日本クラブ独日協会ニーダーライン などの組織が中心となって、日常的に交流を重ね、現地の人々と日本人住民を繋いできましたから。親日ムードが最高に達するJapantag(日本デー)はその象徴と言えます。

Japantag;出典: flickr/Philipp Beckers CC BY-SA 2.0

だから道を行き来する上でも、ショッピングの時でも、子供達の遊びの場でも、仲間“ヤパーナー”として同等に扱ってくれます。現地の人々はみんな日本人にとてもフレンドリーで優しいんです。ビジネスマンはよく出張しますから、こういった安心感、つまり家族を安心して家に残せるというのは精神的にとても大きなメリットです。

Japantagハイライトの夜空を彩る花火;出典: flickr/Jan Kus CC BY-NC-ND 2.0

ハード面でもNRWはビジネスマンにとって最高の場所です。特にデュッセルドルフでは、滞在許可証の取得がとてもスピーディーで、手続きをとれば、運転免許証も日本とドイツの両方を所持することができます。

NRW州政府経済振興局には日本語対応のジャパンデスクがあって、経済振興公社のNRW.INVESTは具体的なビジネスサポートを行ってくれます。至れり尽くせりですよ。

出典: NRW Invest

同時に、日本総領事館も現地行政機関と綿密に連携を図っています。僕がデュッセルドルフ総領事の時に取り組み始めたことなんですが、領事館スタッフが州内の日本企業をまわって、現場の声を吸い上げて、州政府や市政の担当部署に掛け合います。NRWには日独友好の土壌があるから、聞き入れてくれることも多いんですよ。こういった多方面からの配慮があれば、ビジネスもスムーズに運べるし、成功を増やしていけるでしょう。

デュッセルドルフ市庁舎;出典: © LHD/Ingo Lammert

ドイツ企業はほとんどが中小企業です。中小企業といっても世界展開しているところが多く、国際競争力も高くて、隠れたチャンピオンがたくさんいます。従業員数や資本金、売上高でも、日本の中小企業より大きいところがほとんど。日本の中小企業の場合、「系列」で動いていたり、商社などに頼っているケースが多いけど、ドイツの中小企業は、企画から生産、営業、販売、マーケティング、新市場開拓まで、全部自分たちでこなします。

ヘティヒグループ本社;出典: © Hettich Group via Facebook/Hettich.en

ドイツ企業とビジネスをすることがあって、相手がイライラしているようでしたら、ぜひこうした「常識の差」を考えてみてください。ドイツの中小企業からすれば、自分たちで全部マネジメントできることなのに、なぜ日本企業はこんなにも決断できず、実行するのにも時間がかかるんだと思っているんです。

デュッセルドルフ空港;出典: flickr/Antenne Düsseldorf CC BY-NC 2.0

ドイツでビジネスを成功裏に収めるには、やはり早い決断や合理性の追求など、ドイツのビジネススタイルを取り入れることも大切です。ドイツ企業は、常に世界市場に目が向いていますから、スピード感があってダイナミックです。国際的な経験やノウハウの問題もあるのでしょうが、日本の中小企業もどんどん世界へ目を向けて、積極的にビジネスを展開していってほしいですね。

出典: flickr/John Morrison CC BY-NC-ND 2.0

NRWには美味しいビールもたくさんありますから、ビジネスパートナーとビール片手に良い商談などが出来れば最高ですよね。

僕は専らNRWのピルスナー系ビールが好きでした。一番好きなのはザワーランド地方のアルンスベルクに醸造所があるヴァルシュタイナー(Warsteiner)。別名、“Eine Königin unter den Bieren“、ビールの中の女王、つまり「ビールの女王」。実に美味しいビールです。それから、イザローン(Iserlohn)に住んでいたことがあったので、イザローナピルスナー(Iserlohner Pilsener)も好きでした。

出典: © Warsteiner

もちろん地元ビールには郷土料理が一番よく合います。僕はライン風ザワーブラーテン(Rheinischer Sauerbraten)のファンでした。お酢を使った調味料にマリネした牛肉を焼いたもので、甘酸っぱさに肉の旨みがからまって最高に美味しい料理です。

ライン風ザワーブラーテン;出典: flickr/Jonathan Assink CC BY-ND 2.0

初夏のシュパーゲルも毎年楽しみでした。僕は、新鮮なシュパーゲルをシンプルにいただくのが好きで、ミュンスターランド地方の極上ハム、ヴェストファーレン風ハム(westfälischer Schinken)とジャガイモ、シュパーゲルの上にはオランデーズソースではなく、溶かしバターをかけてもらうんです。極上の美味しさですよ。
ボン郊外のアルフター(Alfter)村のSpargel Weberというシュパーゲル専門店によく行きました。

出典: © spargelweber.de

もちろん収穫期に産地に行って食するのが一番です。NRWはドイツのシュパーゲル三大産地の一つなんですよ。その代表がニーダーラインにあるヴィリッヒ(Willich)。ヴィリッヒにシーフバーン(Schiefbahn)という地区があるんですが、そこのシュパーゲル(アスパラ)は太くて柔らかくてファンタスティックです。デュッセルから車で30分ぐらいのところです。

シーフバーンの風景;出典: Wikipedia CC BY 3.0

NRWにはレベルの高いレストランが多いんですよ。大切なお客様を招待する時や特別な記念日に僕が利用していたレストランは、ボンのHalbedels Gasthaus。隠れたフレンチの名店です。

出典: Facebook/Gasthaus-Halbedel

もう一つは、デュッセルドルフの北部郊外にカイザースヴェルト(Kaiserswerth)という石畳と城跡の小さな町があるんですが、そこにIm Schiffchenというレストランがあります。両店とも繊細さが光るフランス料理の名店です。

出典: © im-schiffchen.de

僕は絵画鑑賞が趣味なので、美術館にもよく行きました。デュッセルドルフ、ケルン、エッセンと、NRWにはエクセレントな美術館がたくさんあります。スイスのベルン生まれで、デュッセルドルフでも活躍したスイス人画家のパウル・クレー(Paul Klee)や抽象絵画の創始者、ワシリー・カンディンスキー(Wassily Kandinsky)の作品もデュッセルドルフの近代美術館に展示されています。特に僕は印象派(Impressionismus)と表現主義(Expressionismus)が好きなので、エッセンのフォルクヴァンク美術館(Museum Folkwang)によく出向きました。

出典: flickr/Rene Spitz CC BY-ND 2.0

実は、NRWは僕のような絵画鑑賞家には最高の場所なんです。デュッセルドルフから車を2時間ほど走らせれば、オランダのクレラー・ミュラー美術館(Kröller Müller Museum) に着きます。そこには世界2番目の規模のファン・ゴッホコレクションが揃っていて、彼の名作を間近でじっくり見ることができます。オランダやベルギーにすぐ行けて、ルクセンブルクやフランスも近い。どんな趣味を持っていても、NRWを拠点にすれば、行動範囲をぐっと広げることができます。

クレラー・ミュラー美術館の庭;出典: flickr/ReflectSerendipity CC BY SA 2.0

そして、ドイツ国内の辺境を楽しめるのもNRWの魅力です。ニーダーザクセン州に接しているヴェーザー川(Weser)流域の景勝地にヘクスター(Höxter)という街があります。美しい木組みの家屋と市壁が素敵な街です。

ヘクスターの街並み;出典: flickr/dm1795 CC BY-NC-ND 2.0

ヘクスターでは、世界文化遺産の修道院コルヴァイ(Schloss Corvey)にもぜひ足を運んでみてください。フランク王国2番目の王朝、カロリング王朝時代の歴史的建造物が見事に保存されています。

修道院コルヴァイ;出典: flickr/lisa-skorpion CC BY-ND 2.0

もう一つ辺境の地として僕がお薦めしたい場所は、ボンの西南部、車で30分ほどの所にあるアール渓谷(Ahr Tal)。厳密に言えばノルトライン・ヴェストファーレン州の境から7kmほどラインラント・プファルツ州内に入ったところですが、起伏が激しいアール渓谷の間をライン川の支流、アール川が蛇行しながら流れていて、その両岸に美しい葡萄畑が広がっています。

 

 

アール渓谷;出典: Wikipedia CC BY-SA 3.0

アール渓谷は、赤ワインができる北限のワイン生産地で、周辺には可憐で牧歌的な街、アルテンアール (Altenahr)、アールヴァイラー (Ahrweiler)、バート・ノイエンアール (Bad Neuenahr)があります。本当にため息の出る美しさですよ。葡萄畑の周りには美味しい食事とワインが楽しめる店があって、贅沢なひと時を過ごすことができます。デュッセルドルフから東に車で2時間ほどの保養地、ザワーラント(Sauerland)のゾルペゼー(Sorpesee)にもよく行きました。

ゾルペゼー;出典: Facebook/sorpeseeimsauerland

ドイツから帰国して5年。僕が今でも懐かしく思うのは、こういったドイツの美しい風景、心の底からリラックスできる、のどかで麗らかな風景です。ドイツにはそういった場所がかなり手近にあるということ。日本の場合、遠方まで出かけなくてはならいし、行くまでも道路が混んでいたり、電車が満員だったり、目的地に着いても人で溢れかえっていたりして、リラックスできない。ドイツでは色々な方法で手軽にオンオフの切り替えができます。僕はそんなドイツでの生活が大好きでした。慣れないことも沢山あるでしょうが、皆さんもぜひ充実したドイツライフを送ってください。応援しています。

神余 隆博 氏

1950年香川県生まれ。1972年大阪大学法学部卒業、外務省入省。ドイツ・ゲッティンゲン大学留学、ドイツ公使、欧州局審議官、在デュッセルドルフ総領事、国際社会協力部長などを経て2006年から日本政府国連代表部大使、2008年から2012年2月まで駐ドイツ大使。2012年4月から関西学院大学副学長・教授に就任。大阪大学客員教授も務める。2015年からベルリン日独センター総裁。

神余元ドイツ大使が愛したドイツとNRW「私とドイツとNRW(前編)」はこちら