„Akkudativ“って何だ?文法無視の「怒涛のベルリン訛り」編!
Ick liebe dir, Ick liebe dich. Wie ditt heeßt, ditt weeß ick nich.
ICKE! イッケ! ベルリーナーのアイデンティティは訛りにあり!

前回は「方言」について書かせていただきました! バイエル人自身も主張する「ドイツで最もセクシーな方言」のバイエルン訛り。ずるっと間延びした、ボケ担当の(?)ザクセン訛り。訛りには、その地方の人たちの性格までがあぶり出されるよう。今回は、首都ベルリンの訛りです!

「Jefällt ma」
出典: © 河内秀子

Facebookでおなじみの「いいね!」マークのスタンプ。Jefällt?こんな単語あった?
実はこれ、ベルリン訛りなんです。今、市井でこんなグッズが売られているくらいベルリン訛りが熱い!のですが、さてその理由とは?

「Berliner Schnauze mit Herz」
出典: © 河内秀子

シュナウツェ (Schnauze) とは、動物の「鼻口部」を差しますが、人間の口 (Mund) を表す侮辱用語としても使われます。よく「Halt die Schnauze!」(黙れ!) なんて大声を出している人を目にしますよね。

ぶっきらぼうで荒っぽい言い回しをすることで知られるベルリン人は、「ベルリナー・シュナウツェ」と評されています。最もよく使われるベルリン訛りの言葉が「doof」「Doofkopp(アホ!)」だそうですから、何をか言わんや。

しかし言葉はキツくともハートはあたたかい。裏表がなくて付き合いやすくもあります。
写真は80年代、西ベルリンの名所絵葉書。どの名所にもヒドイあだ名がついているところが所謂「ベルリナー・シュナウツェ」なのです……。

「imma uff」
出典: © 河内秀子

実はベルリン訛りは、他の訛りと大きく異なるところがあるんです。それは「ベルリン訛りは話す層が限られている」ということ。どの地方でも、方言が使われるのはもっぱら日常的な場面で、大学の授業や公的なスピーチなどでは標準ドイツ語が話されます。

しかし語学研究やアンケートなどによると、ベルリン訛りを話すかどうかは、学歴によってはっきりとした違いが現れるというのです

ベルリン訛りを話す率
mittlerer Abschluss 中等教育卒業 81%
Abitur, Studium 大卒以上 54%

これはベルリン出身のHarald Juhnkeの演歌「Ick liebe dir, Ick liebe dich. Wie ditt heeßt, ditt weeß ick nich」。ベルリン訛りでは、Akkusativ4格もDativ3格もごちゃごちゃ。„Akkudativ“という言葉があるくらいです。

まさに、ベルリン訛りは「学校で教えられないドイツ語」なのでした。まあ、これについては諸説ありなのですが、Weste wat? Det is mir scheissejal. (= Weißt Du was? Das ist mir völlig egal.)

ちなみに写真は「imma uff」(immer auf : いつも開いてる)という西ベルリンにある居酒屋。サッカーチーム、ヘルタのファンが集まる居酒屋としても有名です。

「jeschmaidich」
出典: © 河内秀子

写真は、ベルリンを転がすトラックの運転席に貼られた標語。標準語では「geschmeidig(融通がきく、しなやかな)」という意味。二つ名で「jeschmaidich」って名前に入れてる運転手さん、多いみたいです。ごっつくてキツそうな、全然融通がきかない頑固そうな運転手さんが目に浮かびますが…。

ICKE muß in den Duden !

「ベルリン訛りは話す層が限られている」説を、私に初めて教えてくれたのはドイツ語学校の先生。彼自身は西ベルリン出身の大卒でしたが、ベルリン訛りが話せるAlt-Berliner(生粋のベルリン子)であることを誇りに思っているようでした。

出典: © 河内秀子

1990年に首都に返り咲いてからドイツ中、世界中からの移住がとどまることを知らないベルリン。いまやベルリンで生まれ育った人は珍しいので、自慢になるのです。

「ベルリン育ち」を証明する訛りは、いまやアイデンティティとして欠かせない要素。2017年4月、ベルリン訛りの「ICKE」(=Ich)が、ドイツ語の正書法辞典DUDENに載ることが決定!このニュースはベルリン中を駆け巡りました。

出典: © 河内秀子

仕掛け人はベルリンのラジオ局Berliner Rundfunk 91.4。今回の記事を執筆するにあたり、人気DJのジモーネ・パンテライトさんにお話を伺ってきました。

きっかけは、番組内のクイズコーナーの「DUDENに載ってないベルリンの方言はなんでしょう?」という質問だったそうです。

ジモーネさんはその時のことをこう話してくれました。「番組終了後『DUDENに「ICKE」が載ってないなんて!』とリスナーからすごい反応があったの。呼びかけたら、1週間で1万人以上の署名が集まったんです!孫に付き添ってもらって来た80歳を越すおばあさんもいたりして、ベルリンの人たちの訛りへの愛を実感しました。語学研究者には『ドイツ語の聖書DUDENにベルリン訛りを入れる?ありえない!』と相手にされなかったのですが(笑)」

出典: © Berliner Rundfunk

ジモーネさんは未だ興奮さめやらぬようで、「いろんなベルリン・セレブも協力を申し出てくれました。何もお願いしていないのに、首相官邸や大統領官邸にまで、#ICKE MUSS IN DEN DUDENってライトアップされたんですよ!」と振り返りました。

急遽、DUDEN編集部で話し合いが行われ、呼びかけからわずか2週間で掲載が決定しました。新しいDUDENを手に取った方はぜひICKEを引いてみてくださいね。

「eene meene Kiste」
出典: © 河内秀子

若い人は方言を話さなくなった、と言われて久しいですが、そもそも方言は、感情を込めやすい言葉。

先ほどのジモーネさんの子どもたちも、誇らしげにベルリン訛りを話すそうです。「Proleten-Deutsch(無作法なドイツ語)と言われることも多いベルリン訛りだけど、それだけではないような気がするわ。今回協力してくれた人の中に、グレゴール・ギジ氏もいますが、彼も議論が白熱するとどんどんベルリン訛りがでてくるんですよ」とジモーネさん。

元PDS党首で、元左翼党国会議員団長のグレゴール・ギジ氏は、東ベルリンの出身ですものね。写真は、ベルリンの青少年向け劇場のポスター。ドイツにも「Ene, mene, miste, es rappelt in der Kiste」という日本の「どちらにしようかな」のような子供の数え歌があるのですが、ポスターではベルリン訛りで書いてあります。

「Nu aba ran an de Bulettn!」
出典: © 河内秀子

もはやベルリン訛りはベルリン人の大切なアイデンティティの一部で、そのことは広く認知されて、積極的に外へ向けても発信されています。

ベルリンのミネラルウォーターSPREEQUELLもベルリン訛りのラベルを限定発売したり、ベルリン市最大手の新聞B.Z.も、全ページベルリン訛りの特別号を出したことがあるんです!

コピーライトの関係でオリジナルをお見せできないのが残念ですが、以下のリンクからチラ見することができます。
http://www.bz-berlin.de/artikel-archiv/de-janze-b-z-uff-berlinisch

ドイツ語の勉強にはなりませんが、さあ、皆さんはわかるでしょうか?
一面の見出しはこんな感じ……
De janze B.Z. heute uff Berlinisch
Nur olle Stullen für unsre Bullen
Bishea jabs imma wat Warmer aus de Julaschkanone am 1.Mai füa unsre Polizei,
Damit is it nu vorbei. Dieset Jahr soll et nur Äpfel und Stullen sein.
Die Catering-Firma nämlich is abjesprungn. Den war der Job zu heiß jewordn.

ものすごくどうでもいい記事ですが。メルケルさんの10年を分析する、なんて記事も全てベルリン訛り!

「Piss d´mir / Piss Ick dir」
出典: © 河内秀子

ベルリン訛りは、単なる生まれや居住期間を披露する一般的な「方言」としての役以外にも、ベルリン市民の意志や感情を表す大切なツールでもあります。

写真は、クロイツベルクの団地に貼られたスローガン。ここはいま、立ち退きの危機にさらされています。「Piss d´mir / Piss Ick dir」とは、「pinkeln」(放尿する)の俗語である「pissen」を使って、「Pisst Du mich an, dann pisse ich Dich an」(小便かけられるものならかけてみろ、こっちもかけてやるからな)ということです。

あえてベルリン訛りで書くことで、「外の、金持ちの資本家」との対立を浮き彫りにしているわけです。

東ベルリンと西ベルリンで言葉の違いはあるのか?など、次々と新しい疑問が生まれてきますが、今回はこの辺で!Tschüssi!

執筆者:河内秀子
東京都出身。2000年からベルリン在住。ベルリン美術大学在学中からライターとして活動。雑誌『Pen』や『料理通信』『ミセス』、『Young Germany』『Think the Earth』などでもベルリンやドイツの情報を発信させて頂いています。
Twitterで『#一日一独』ドイツの風景をほぼ毎日アップしています。いまの興味は『#何故ドイツではケーキにフォークを横刺しにするのか問題』。美味しくてフォークを刺してあるケーキを探し歩く毎日です。HPもご覧ください。